賃上げが、半ば官製政策として、実現してきている。
Bloombergによれば、2024年春闘の平均賃上げ率は5.10%となり、実に33年ぶりの高水準になったという。中小企業でも4.45%の賃上げとなったそうだ。
そこで、今回は賃上げ、値上げと、その背景にある円安やインフレについてのJSKの考えや対応をご紹介していきたい。
まず、賃上げ、値上げには、良いものと、悪いものがある。
独自の技術や製品等を提供することによる値上げは、よい値上げだ。
そして、その増加した利益を従業員に配分し、よりよい生活を送れるようにするのは、よい賃上げだ。
これは、主に上場企業を中心とした大企業で発生している事象であり、素直に歓迎したい。そのバリューチェーンにある中小企業にもよい波及効果が発生している例も、製造業の下請けを中心に多数出てきている。出来る企業はどんどんやるべきだろう。
ただ、中小企業では、悪い賃上げ、値上げも起きている。特に、宿泊業や飲食業の中小企業で顕著だ。どういうことか?
これらの業界では、コロナで抑制されていたリベンジ消費が一斉に起きており、円安の影響もあって外国人観光客が殺到している。結果、供給可能な人数を超えた従業員の需要が発生しているわけだが、結局、人がいなくて、需要に応じ切れていない。
先日出張したある地方でも、時給1700円でラーメン屋のバイトを募集しているのに集まらずに、廃業の憂き目にある店があった。時給が高くなっているからか、ラーメンの値段も1杯800円程度だったものが1600円以上になっていたが、2倍おいしくなっているわけではない。だから、値段は上がっているのだが、顧客体験が改善するわけではない。それでは、せっかく日本に来てくれた観光客を、がっかりさせてしまうだろう。
長年、過疎化(事業承継問題がその一因であることは以前述べたとおりだ)を放置してきたことからくる人口減により、せっかくの需要の急増を成果に出来る中小企業や人がすでに消滅しており、これが次の企業を人手不足で倒産させる悪循環が、現実のものとなってきている。当機構が6年前の創業時の説明会で警鐘を鳴らしたことが、不幸にも現実になってしまっているということだが、これは地方としても国としても、実に惜しいことだ。せっかく待ちに待った需要が発生しているのに、それを取り込めないのみならず、結果として旅館や店などがますます廃業するわけで、そうなれば地域の雇用や経済はより一層縮小する。これは縮小スパイラルの中で起きている賃上げ、値上げであり、決してよいものとは言えない。
次に、この賃上げ、値上げの原因になっている主な2つの事象、すなわち、円安とインフレについて考えてみよう。
まず円安の影響だが、これは広範に亘り、誰一人として逃れることはできない。
わかりやすいのが、電力・ガス代金の高騰だ。同じ量の原油やガスを輸入して同じ量の電気やガスを使っても、円が5割安くなればその輸入費用は5割増加する(日本には天然資源が無いからだ)。その費用を、現在は政治的に一時的に補助金で賄っているために影響に気づきにくくはなっているが、補助金はいずれ返すべき国債で賄われているのだから、時間軸を伸ばして考えれば日本国民全体では本質的には意味がない(むしろ、かえって国債の利息分、損しているかもしれない)。
世界的な温暖化の流れを止めることはもはや困難であると、我々は考えている(決して望んではいないが、楽観的に無策でいるつもりはないということだ)。今日生まれた子は、一生の間、毎年最高温度が史上最高を更新し続ける100年を生きる運命の下に生まれてきている。そして、毎年史上最大の台風や津波に見舞われることを、覚悟せざるを得ない。
そういった子や孫の世代のことを考えると、せめて国策としては、たとえば原発の再稼働を一刻も早くして、国のエネルギーコストを抑制しつつ安定化させてほしいものだが、残念ながら遅々として進んでいない。とはいえ、電力やガス代金の高騰は一個人や一中小企業経営者としてはどうしようもない「関心の輪」にあることだから、せいぜいその影響を吸収すべく自助努力することしかできない(その1つが値上げであり、賃上げだ)。
さらに不都合な真実として、一個人や一中小企業者にはどうしようもないインフレが、世界的に起こってきている。
IMFの推計によると、2023年の世界のインフレ率は6.78%に達しており、2029年までの間も3~6%の間で推移すると予想されている。3~4%のインフレは世界成長を背景とする通貨量の増加に基づくものなので違和感はないが、ドルの対金価値はドルの通貨量が30倍になった50年で50分の1にまで減価したと言う。つまり、経済成長率を超えて通貨量を増やし続けるのはヒトの常であり、その傾向は過去からずっと存在している。
ヒトの常が変わらない以上、今後も大きくは変わらないだろう。その結果、あらゆるモノやサービスに対する通貨の価値は世界中で下落し続けるという形で、インフレは今後も続くだろう。
他方、劇的な転換点を迎えたのは、日本のインフレ率だ。
2023年に3.27%と32年ぶりの水準に上がっただけでなく、今後も2029年まで2%台で継続的に推移すると予想されている。インフレ率が上がると市場利率も上がるので、国債の金利や銀行の預金金利も軒並み上がり出している。読者の皆さまの中にも、銀行の通帳を確認した時に、久しぶりにそこそこの「金利」が付いていたことにビックリされた方もいるのではないだろうか?
この日本のインフレ転換は、何を変えるのか? 分かりやすく言うと、値上げ、賃上げが必須になるということだ。どういうことか? デフレだった過去は、今年100の給料を得ていた人が来年も同じ100の給料を得ていたら、物価が98に下がったから、生活的には2改善していた。
ところが、インフレになった現在では、今年100の給料を得ていた人が来年も100の給料のままでは、物価が102になるために、生活は2悪化する。同じ生活をするには、102の給料が必要ということだ。この賃上げの2は、決して生活を改善するものではなく、悪化させないために必要な賃上げであることに注意してほしい。10年で考えると、10年後に2割増しの120の給料を得ていても、物価も120になるので、実質的な生活水準は変わらない。それがインフレの時代ということだ。
さて、ここで大事なのが、本日の題である「賃上げ、値上げ、出来ますか?」だ。これは、当機構が「子や孫に残すべき企業か否か」を判断する基準の1つでもある。
インフレの時代には、賃上げが出来なければ、いずれ人を雇えなくなる。従業員の生活がきつくなるからだ。まして日本では、人口減少やシニア化も進んでいくから、なおさらだ。
だが、その賃上げの原資を出すには、値上げを定期的に行い、利益を維持していかなければならないい。その値上げが顧客や社会に受け入れられるか?
それは、顧客や社会から、「この企業は値上げを受け入れても必要」と評価されているか、否かにかかっている。そういった長期的かつ本質的な価値を生み出している会社か? 簡単には他社に代替されない製品・サービスを作り出せているのか? それが子や孫に残すべき企業か否かの判断基準の1つだ。
さらに、歴史の教えるところでは、インフレは制御が難しい。というよりも、人の手で制御するのは不可能と言った方が正しいかもしれない。
適切にインフレを制御することに成功した時代は、一時的にはあったとみなされたことはあったが、最終的にはほぼすべてがバブルで破綻したというのが歴史の教えである。そういう意味では、今この世で生きている全ての人が、いつ破綻するかわからない、史上最大のバブルの舞台の上で生活していると考えておいた方がよいかもしれない。
では、具体的に当機構ではどう対策しているのか?
一言では言えないが、様々な方法で十分な検討を行い、対策も準備しているので安心してほしい。
過去に「金利7%への備えはあるか?」「1ドル500円への備えはあるか?」というブログを書いたのも、本日の題もそうだが、当機構は承継先の企業と共に生き残るために、極端なテールリスクまでも隅々まで洗い出し、それに備えたうえで事業承継を行い、経営をしている。
その一例を、皆さんに知って頂くためにご紹介しているとお考えいただければと思う。
我々ほど広く、深く、遠い時間軸をもって経営している会社は、世の中のどこを探してもそう簡単には見つからないかもしれない(あえて言えば、ネイティブインディアンのイロコイ族の酋長が「7代先の子孫にとって良いことか悪いことかを考えて決断する」のが数少ない例か)。ほとんどの企業は10年先どころか、1~2年先しか見ていない。中には四半期しか見ていないのではないか? という企業や経営陣、投資家も増えているのも事実なので、我々はある意味世間のトレンドとは逆を行っているのかもしれない。
だが、我々は承継した中小企業の永続を、本気で目指している。だからこそ、世間が短期的な視点では無視するような極端なテールリスクについても、広く、深く、遠く考えて、把握する。さらに、その影響を詳細に想像したうえで、現実的にどうすれば回避できるか、不可避ならいかに影響を軽減するか、短期化するか、等々の対策を日々考えたうえで、事業を承継し、日々の経営を行っている。
今回のバブルは、史上最大のバブルになるだろう。そして、崩壊する時には、史上最大の傷跡を残すだろう。
この5年だけでも、コロナという疫病対策を理由として、世界中の国々が(ある特定の地域や産業ではなく)天文学的な財政出動を行った。さらに2つの戦争が重なり、戦費関連の出費もかさんでいる。また、戦争を目の当たりにして、各国が自国の産業維持のために兆円単位の補助金を一兆二兆と、まるで街角で豆腐でも配るかのように出し続けている。経済の成長率以上の通貨増は必ずどこかでバブルを起こすが、それが同時多発的に、かつ異常なほど長期間連続的に、世界中で発生している状態だ。
その複数のバブルがいつ破綻するのか、同時多発的に破綻するのか、それとも連鎖的・段階的に破綻するのか、もしくは破綻せずに別の形で悪影響(ハイパーインフレ等)を及ぼすのか、それは誰にもわからない。ただ、その「いざ」というリスクが生じたときには、そのリスクを事前に考えて十分な備えをしている中小企業と、まったく備えをしていない中小企業の間には、生死を分けるほどの差が出るだろう。
いつ大嵐が来ても問題無いように、十分に気を引き締めて準備しながら、活動していきたいと思う。
上記のような備えも含めて、既にファンドに出資してくださっている支援者の方々を6月22日に本社にお招きして、承継各社の状況や、ファンドの運用状況をご説明する会を久しぶリにリアル+オンラインで開催した。
「自分が投資したお金が世の中の役に立っているのがよく分かって、嬉しかった」「承継先の経営が順調なことが分かり、とても安心した」「投資するだけではなく、JSKで働きたいのだが・・・?」(→この方にはその後の面談を経て、実際にJSKの活動にご参加いただくことになった)等々、数多くの前向きなコメントをいただいた。
また、当機構のHPにおいても、創業者の方が当機構に承継した後の感想や、どんな社員がどう働いているのかなど、複数のインタビュー記事を追加掲載しているので、ご関心がおありの方はぜひご覧いただければと思う。
9月末で、当機構は6期目を終えることとなる。
思い返せば創業からの6年は、息継ぐ暇もなく七転八倒しながら、ただ高い志だけを掲げて必死に走ってきた6年だった。
7期目に入る来期は、いまや50名以上に増えた頼もしいメンバーと共に事業を拡大しながら、組織としての永続性の強化に注力していきたいと思っている。
すべては、子や孫に未来を残すために。