さて、今回は面と向かってはなかなか話しにくい話題だが、「きれいごと」について話そう。
前回、当機構には大企業でもトップクラスまでいった人材が多数活躍しているという話をした。そういう方々と、入社後しばらくたって打ち解けてきて、お互い本音で話せるようになって、初めてお聞かせ頂いたコメントがある。それは、当機構の説明を聞いた後の第一印象で、「きれいごと過ぎる。信じられない」(≒美しすぎて、うさんくさい。大丈夫か?)という初印象を持った方が、とても多いということだ。中には、入社を希望して面接にいらした方なのに、「当機構のキャッシュフローや財務諸表といった、普通の会社なら一部のヒトしか知らない秘密情報まで、全部確認させてほしい」という、元メガバンクの支店長の方もいた(当機構では、財務情報を社員にオープンにしているので、きちんと説明したら、とても安心されていた)。そもそも私は、もともとは臆病なタチであり、MBAやCPAの資格も持ち、投資銀行の経験もある投資家でもある。だから、数10頁のエクセルでシナリオ別の数値検証を行い、数字にして十分に納得しなければ、決して事業化はしない。「奇跡の裏には、必ず神算がある。」というのが私のモットーだ。
だが、それがなぜ、「きれいごと過ぎて、うさんくさい」となってしまうのか? 今日も、当機構のメンバーは、真剣かつ必死に子や孫のために活動し、事業承継問題の全面的解決のために、邁進しているのに、だ。ちょっとしらべてみたところ、どうも、これは当機構に限ったことだけではないようだ。歴史を紐解くと、他のソーシャル活動も、最初は皆そういう誹りを受けていた。たとえば、かのマザー・テレサも、その人生を通じた貢献にもかかわらず、多くの批判を受けていた。国境なき医師団も、赤十字も、国連ですら、多くの批判を受けている(「〇〇 批判」 とググってみれば、今でも多くの批判記事が見つかる)。また、もっと身近な例で、当機構の兄弟会社で20年超活動しているさわかみ投信でも、下記のようにQ&Aで聞かれている。「さわかみ投信は良いことばかり言っている感じで綺麗ごとっぽいが、どう思いますか?」(https://www.sawakami.co.jp/seminar_faq/3195/)
まあ、ここはヒトの感情による部分が大きいので、「なぜなら人間だから」というのが解であり、それ以上の解は見つけられないだろう(「有名税」と同様に、「社会貢献税」があるのかもしれない)。
だが、私は、きれいなものには、2種類あると思っている。「ホンモノ」と「まがいもの」だ。絵や彫刻に例えると、わかりやすいだろう。ホンモノは、圧倒的に美しい。ただ美しいだけではなく、ヒトに感動を与え、ヒトを動かし、時代を動かす力になることもある。だが、困ったことに、まがいものもまた、それなりに美しいのだ。最近では、大手百貨店で扱っていた絵画の多くが、実は贋作(まがいもの)であったとして、報道されていた(そしてこういう事件が、ヒトの心に「きれい=うさんくさい」を埋め込んでしまう一因でもある。。。残念だが、真実だ)。
この2つを見極めるのは、結局ヒトの心だ。そして、前述の大企業経営者クラスまで登った方々は、過去の経験上、多くの「まがいもの」から、アプローチを受けている(多くの場合、カネ目当ての、そして詐欺的な)。だから、必然的に警戒心が高くなっているのだろう。では、どうやって「ホンモノ」と「まがいもの」を見極めたらよいのか? 色々な方法があるが、1つは、自分の「良心・直感」に従うこと、だろう。フランスの批評家、小説家のアンヌ・ルイーズ・ジェルメーヌ・ド・スタールの言葉を借りると、こうだ。「良心の声はいかにもか細く、もみ消すことは簡単である。しかしその声はあまりにも明解で、聞き間違えることはない」
ヒトは、本質的に、ホンモノとまがいものを見極められるように出来ている。それを、「後付けの理由」で、塗りつぶしてしまうと、往々にして判断を間違える(だから、私は最初に感じた直感をとても大事にしている)。
それから、もう1つは、(もし時間的に許容できるなら、だが)「時の審判に耐えられるか」を待つことだ。これは、めっき細工に例えるとわかりやすい。どんなにきれいな金めっきをしても、時間が経てば、めっきはいつか剥がれるが、ホンモノの金は、いつまで経っても金だ。歴史上、人類が最も取ってきた方法は、「時の審判」を待つことというのも事実だ。だから、後から振り返って時代の転換点になったような大事業、大人物であればあるほど、最初は批判されることが多い。そして死後も、なおしばらくは批判されていることも多い。その評価が覆り、正当な評価が為されるのは、大体数十年~1世紀後、3代目以降になってからのことだ。逆に言うと、どんなに正しいことであっても、最初にその大事業に「仲間として参加」し、また応援する「支援者になる」ということは、並みの一般人にはなかなかできない、とても勇気のいる行動なのだ。実際、そういう行動が出来るファーストペンギンになれる方は、ごく少数だ(ヒトや世間が認めた後、ついていくのは簡単だ)。
当機構のメンバーは、全員がそういう勇気あるメンバーだ。そして、当機構の活動に共感し、大切な私財を子や孫のために投じてくれる「支援者」も、またそういう勇気がある素晴らしい方々だと思っている。先例がない中、最初に動くのは、誰でも勇気がいる。が、その勇気のおかげで、変えることができる子や孫の未来がある。無理強いする気は、全くない(そもそも、無理強いできることではない)。ただ、もし当機構の活動に共感して頂ける方がいたら、出来る方から、出来る範囲で、メンバーとして、支援者として、ぜひご参加いただきたい。早ければ早い分だけ、多ければ多い分だけ、より多くの中小企業を子や孫の世代に残し、よりよい未来を残せるようになるからだ。
本日の夜の支援者の会でも、このあたりをタップリとお話させて頂こうと思う。

