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事業承継を、売買にしない

ある金融機関の役員さんと面談していて、「近年、事業承継が、売買になっている。そしてそれを、とても懸念している」という話になった。私も常日頃感じていることで、話は大いに盛り上がったのだが、皆さんに(特に創業者の方には)参考になると思うので、今日はこの点について書いておきたい。

まず、「事業承継が、売買になっている」というのはどういうことか?これば、いわば上場株や仮想通貨の売買などと同じく、「ただの利益目的の、金銭取引になっている。そして、そこに多くの高い手数料を取る仲介業者が群がっている」ということだ。昔からの諺に「悪貨は良貨を駆逐する」とある通り、今のM&A仲介業界は大変儲かっている。米大統領の言葉を借りれば、「神よりも儲かっている」という状態だ。だが、その大儲けにつられて、金儲け目的の質の悪いプレイヤーも、続々と参入している。その結果、過去と比べてその業界の質が大幅に劣化してきているのは、明らかだ。過日、ダイヤモンド誌が詳細に記事にした通り、詐欺のような案件も中には出てきており、M&Aに関連する訴訟も年々増えている。

そして、賢い中小企業の創業者も、その危うさに気づく方が増えてきている。賢い中小企業の社長の間で、M&Aの危険性が口コミで広がってきているのだ。その結果、事業承継におけるM&A全体がなんだかアヤシイ詐欺話のようにみられて、事業承継に二の足を踏むようになってしまってきているケースも散見される。それが、事業承継問題自体の解決の妨げになるケースが増えてきているために、「事業承継が、売買になっている。そしてそれを、とても懸念している」ということだ。M&A仲介業界自体の、信用問題が徐々に生じてきている。その結果、M&A(及び仲介)は本来は経営上有用なツールであるにもかかわらず、こと事業承継においては「解決策」というよりも、むしろ事業承継問題を解決するための「障害」になりつつある。そんな、懸念を持たざるを得ない状況になっているのだ。

なぜ、こんな問題がおこるのか?ここで、本質をよく考えてみよう。

第一に、そもそも、創業者にとって中小企業とはどのような存在なのだろうか?上場株や仮想通貨等と同じ、ただの利益目的の売買対象なのだろうか?もちろん人によって答えは異なるだろうが、当機構が承継する中小企業では、100%ノーだ(なにかの間違いでそういう方が見えたときには、他のファンド等に行くようにご案内している)。当機構に事業承継の相談にお見えになる創業者の方のほとんどは「会社は、自分の全て。自分自身よりも、自分の子供よりも、会社が大事」という方が、とても多い。そういう創業者の方が、人生の全てを賭けて築き上げてきた中小企業は、創業者の方にとっても、引き継ぐ当機構にとっても、ただの売買対象ではない。それは、創業者の方の汗や涙、人生を賭けて築いてきた誇りであり、取引先や従業員の生活の基盤であり、生きがいである。また、地域や国への責任を果たすための、公器でもある。創業者の方にとっては本当に(口先だけではなく心底から)、「自分の子供よりも大事な存在」なのだ。そして、そういう会社の創業者は、本質的に(本能的に、あるいは直感的にという方が正しいかもしれないが)、売買対象とされることを嫌がる。当然だろう?

ここに、第一のズレがある。要は、「あなたにとって、自分の奥さんや子供は、売買の対象ですか?」ということだ。その答えがノーなら、その方が作った会社についてもノーだろう。もちろん、中にはイエスと言う人もいる(アメリカかぶれした若い世代には、そういう人も増えているのは事実だ。ありがたいことに、そういう方は年齢的に若く、「事業承継問題」を扱う当機構の周りにはそうそういないので、私は幸運にも会う機会は殆どないが)。また、どうしようもない事情で、他に選択肢がなく、売買せざるを得ない方もいるだろう。だが、本質的に売買対象にしたくないであろう自分の会社を、仲介料目的の業者につられて利益目的で売買にするようなケースは、当機構では皆無だ。「出来るなら、売買対象にしたくない」というのが、多くの創業者の本心ではないだろうか?

第二のズレは、そもそもM&Aが、日本の文化としてまだまだ馴染んでいないということだ。特に地方においては、なおさらだ。M&Aの起源については諸説あるが、世界の金融業界がユダヤ発祥であるのと同じく、世界初のM&Aもユダヤ発祥の銀行同士であったという説がある。では、なぜ金融はユダヤ発祥なのか?それは、ユダヤ人が土着の土地を持たなかったために、避難時の富の移動手段としての必要性に駆られて、金融業を発明する必要があったためと言われている。戦争になれば、その土地から移動(避難)する必要が生じる。だが、土地や事業は、簡単には持っていけない。敵国に取り上げられるリスクも高い。だから、持っていける「富」にするために、ユダヤ人には換金する手段が必要だったのだ。そして、その手段が「金融業」であり、またその換金手段として「M&A」が発明されたということだ。

しかし、これを日本に例えてみると、どうだろう?日本人は、そもそも土着の民族だ。そして、同じ土地に4千年住み、海に囲まれあた島国という地政学的特徴もあって、異民族の支配を受けたことも一度もない。すなわち、富の移動も世界で最も必要のなかった民族なのだ。その独特の環境は、世界でも独創性の高い日本の文化・文明・習慣に色濃く反映されている。その中に、いきなりM&Aという、移動の必要性の高さから生じた異国・異民族のツールを持ち込んでも、そう簡単には根付かないのは当然ではなかろうか?たとえ、頭で理解しても心がついてこず、また社長が理解しても社会の理解が追い付かないのは、ある意味当然のことではなかろうか?例えるなら、ヨーロッパのヒトが箸を使ってモノを食べるのが難しいように、日本人がM&Aを使うのもまた難しいのだ。そして、その異国の文化が他国に根付くには、ざっと3世代、100年ほどの時間がかかるのだ。日本のような文化的障壁が高い国では、その数倍の時間が必要なのかもしれない。ここで大事なのは、文化的・習慣的に受け入れがたいものは、資本主義的にカネで釣っても、そう簡単には根付かないということだ。

この2つのズレがあるからこそ、「事業承継問題を、M&Aで解決しよう」というのは、日本では本質的に無理があるのではないだろうか(特に中小企業では)?だからこそ、仲介業者があれだけ宣伝しているにもかかわらず、2%やそこらに留まって、なかなか成長しないのではないだろうか?M&Aは、大企業等には有用な経営ツールではある。ただ、事業承継問題の解決策としては、合っていないのではないか?だからこそ、もうM&A仲介が日本に持ち込まれて事業化されてから、優に30年以上も経過するのに、事業承継問題はM&Aでは依然として2-3%しか解決していないのではないか?そして逆に、問題や訴訟が頻発し出しているんではないだろうか?

だとしたら、そもそも事業承継問題をM&A(売買)で解決するというのは、本質的にずれているのではないだろうか?つまり、抜本的に、事業承継問題の全面的解決には別の解決策が必要なのではないか?

それは、例えてみると、湖の水を全部汲みだす必要があるのに、あたかも人力のバケツリレーで、しかもそこに懸賞金を懸けて推進しているだけかもしれないのだ。それでも数%は出来るだろうが、それをメインの解決策にするのは誤りなのではないだろうか?そんな場当たり出来な解決策ではなく、本当に全面的解決を目指すなら、どれだけ苦労があろうと(そして儲からなかろうと)水路や代わりの貯水池を作り、大きなポンプを設置して、仕組化して継続的に解決を目指すべきではなかろうか?

もし根本的に合っていないのなら、誰がどれだけやろうと、本質的に大きなズレがある以上、無理なものは無理だ。太陽が西から上ることが無いように、原則はどうやったって破れはしない。原則を破ろうとすれば、破れるのは挑んだ人だ。逆に、もしかすると、「M&A仲介は儲かる」ということを喧伝すればするほど、いわば資本主義ビジネスにすればするほど、創業者の気持ちに反して反発を生み、事業承継問題の障害になっているのかもしれない。だからこそ、仲介業者がいくら宣伝しても、しょせん仲介料目的の売買に過ぎないM&Aでは、事業承継問題全体の解決は永遠に出来ないのかもしれない。

当機構は、このような可能性を考えた。そして、ファンド買収やM&A売買という、既存の資本主義内の手法ではなく、資本主義外の第3の解決策として、「事業承継を、売買にしない」ためのプラットフォームを開発した。それが、「転売しない、移転・統合しない、リストラしない」という我々の事業承継スキームだ。近年、当機構に問い合わせをされる方が急速に増えているのを見ると、もしかすると我々の仮説は正しかったのかもしれないと思う。

「こんなの初めて見た!こんな解決策をずっと待っていたんだ!」そんな創業者の方の声を聴く機会が増えているからだ。そして、資本主義では解決できない問題を解決するために創った当機構の事業承継プラットフォームが、そういう創業者の方が築いてきた素晴らしい企業を子や孫の次世代に残すための役に立つことを、とても嬉しく思う。

なお、当機構の辞書には、「買収」や「売買」という言葉はない(社内で禁止用語にしている)。なぜなら、「事業承継」と「売買」「買収」は、まったく異なるものと我々は考えているからである。なにより、創業者の気持ちを本当に理解することが出来なければ、円滑な事業承継も、承継後に次の100年間企業を残していくことも、出来るはずがないからだ。

約4年前に当機構を設立した時には、こんなことを言うと「この人は奇人か?」という目で見られた。だが、当機構が具体的な結果を出し、それを世に示せるようになり、多くの方々の見方や考え方も変わりだしたのかもしれない。そして、ようやく、「事業承継を、売買にしない」ことが、金融機関のお客様である創業者の要望であることについて、理解が得られ始めている。それは、事業承継問題を全面的に解決する王道への、大きな大きな一歩だ。

こんな1歩を積み重ねながら、今日も事業承継問題の全面的解決を目指して活動していこうと思う。

夢は大空に。努力は足元に。

そしてすべては、子や孫に未来を残すために。

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